ひびの好奇心ログ

roka-rokaが日々気になったことを記すブログ。毎日ひとつかしこくなる。

映画「ボウリング・フォー・コロンバイン」

日本に銃が普及してなくてよかった…

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 マイケルムーア監督の「ボウリングフォーコロンバイン」を、今更ながらに観た。あらすじも何も見ずに、コロンバイン銃乱射事件がテーマということ以外なんの予備知識もなく観始めたもんだから、当初はてっきりスクールカーストとかを扱ったものかと思っていた。…ので、どんどん話が銃方面へいくにつれて、「あれ?あれれ?」と事態が呑み込めず。(バカ)

 ムーア監督のドキュメンタリは、これまで「シッコ」くらいしか観たことがなかった。彼の映画は、ともすると暗くなってしまいがちなシビアな題材をユーモアを交えてわかりやすく伝えてくれるのが好きです。順を追って説明してくれる構成なので、題材についてよく知らない人であっても、観進めるうちに理解しやすい。

※話の核心に迫る内容ありです。

 

あらすじ

 1999年4月20日、アメリカ・コロラド州の小さな町リトルトン。2人の少年は朝の6時からボウリングに興じていた。いつもと変わらぬ1日の始まり…のはずが、この後2人の少年は銃を手に彼らの通う学校、コロンバイン高校へと向かった。そして、手にしていた銃を乱射、12人の生徒と1人の教師を射殺し23人を負傷させた後、自殺した。マイケル・ムーアは問う、“なぜアメリカはこんなにも銃犯罪が多いのか”と。その疑問を解消するため、マイケル・ムーアはカメラとマイクを手に様々なところへアポなし突撃取材を始めるのだった。 出典:allchinema ONLINE

 

なぜアメリカでは銃犯罪が多いのか

 あらすじの通り、つかみはコロンバイン高校での銃乱射事件について。だが全体を通してみると、「なぜ世界的に見てもアメリカでは銃犯罪が多いのか?」に迫る内容となっている。
 観る前の先入観としては、銃所持の容易さ、格差社会による貧困、などが銃犯罪が多い要因かと思っていた。しかし、銃犯罪の少ないカナダでも銃は普通に入手できるし、失業率はカナダでも高い(=貧困層もいる)。銃犯罪の代名詞的に扱われることの多い黒人だって、街を見渡せば大勢いる。だが、アメリカよりもカナダの方が圧倒的に銃犯罪の件数は少ない。

 ムーアは、メディアや政治家の発言などにより、アメリカ人は「日頃から恐怖感をあおられて生きている」ことにひとつの原因を見出していた。普段から殺人事件や殺人蜂など恐怖感を増長させるニュースを頻繁に流し、国民に対して「次は自分が被害にあうかもしれない」と不安をたきつける。必要以上に不安に駆られた国民は、自衛のために弾を込めた銃を所持するし、ちょっとしたことで恐怖感を爆発させて発砲してしまう、というわけだ。

 事実、高い銃所持率にも関わらず、カナダ人は恐怖意識が低く、家の鍵をかけないお宅も多いそうな。なんだか、日本の田舎みたいですね。(うちの実家も鍵をかけない文化だった。上京して都会に出てきてもその習慣が抜けず、一度痛い目に合ったことがあります…)

恐怖感を煽るメディアが悪いのか?

 メディアや為政者が恐怖感を煽ることで、民衆が不安に駆られる。でも、メディアだって民間企業であり、数字を稼がなければならない。数字を稼ぐには、のほほん系のニュースよりもセンセーショナルで派手な事件を取り上げたほうが視聴率に繋がる。一概にメディアが悪い、とは言えない、難しい問題ですよね…。

 ふとした疑問なんだけど、殺人系の映画とかニュースには感化されて不安になるけど、災害系のニュースや災害系パニック映画は観ても「自分は大丈夫」とか思っちゃって大して備えないのはなんでなんだろうね。どっちも「死ぬ」ということに関しては一緒だと思うのだけれど…。

 

軍事的な内容とは、分けて構成したほうがわかりやすかったかも

 話の中に、アメリカがこれまでに関わってきた戦争(大量殺戮)についても触れられる。武器による暴力という意味では切っても切り離せない内容だと思うが、今回の主眼はあくまで「一個人に銃を持たせることによる危険性」「その危険性を内包するアメリカ社会」であり、戦争の話まで持ち出されると風呂敷を広げすぎ感というか、私の低スペックな脳みそでは何が言いたいのかわからなくなりかけた。

おまけ

ムーアがインタビューした、恐らく報道関係者の男性、「空手道」と書かれたTシャツを着ていたのが、なんだか笑えた。